砂連尾理・北村成美インタビュー 3部【コミュニティダンスのすすめ】パンフレットより

第3部

-いろいろお聞きしましたけど、最後の質問です。
お二人とも、一番初めの入口は、自分の舞台作品を創るというところからダンスの振付家兼ダンサーとして活動をしてこられて、今の活動に至っていますね。今、そういう地域の人やいろんな人と一緒に、WSをしたり作品を創るということは、ご自身のアート活動として、どういう意味がありますか?
砂連尾:僕にとってのダンスとは、異なる身体世界を持っている他者との出会いや、その中での関わりが大きなテーマとしてあります。その手がかりとして、先ずはウェルメードされた身体的テクニックを持っている人とどうコミットできるかという事から、最初は寺田みさこさんとの活動を始めたんですね。今は彼女との活動を休止していて、最近は障がいを持っている方や認知症の人と創作活動を行いましたが、テーマ自体が変わった訳ではありません。なぜなら、その両者は他者という観点からすると僕にとっては同じだからです。それまで組んでいた人が寺田さんだったから、劇場でかっちり創る作品が主だっただけであって、単純に組む人が変わることで、作品形態が変わっているだけです。
 
 そういった意味で、僕自身のスタンスとしては今までやってきたことと、いわゆるコミュニティダンスをやっていることに大きな変化はありません。

僕からしたら、最近組んでいる人がたまたまコミュニティーダンスの文脈にいるだけであって、ただその人達から、それは例えば障がい者の身体や、エルダーの人達の身体から「身体や生き方ってこれだけ多様で、こんなにも豊かなんだ」っていう事が見開かれ、知覚する世界がどんどん広がっていることは確かです。
 
 これからも僕は、自分とは異なる文脈の人と出会い、そんな人たちとの関わりから世界を広げていくことで、生きているこの時間を豊かに過ごしたいなと思っています。そんな豊かに生きる上での手がかりとその実践が僕にとってはダンスかなと思っています。そして、固形化することなく出来るだけいろんな人と関わる中で感じた事をWSや作品にして、それを多くの人に伝え、共有していきたいなと思っています。
 
 僕はダンスと出会えた事で、ダンスを始める前には想像もつかないようなユニークな人達と出会う事ができました。ダンス、もっと大きく言えばアートにはそんな世界を広げていく力や可能性があるのだと思います。だから、その出会いを異ジャンルやコミュニティーという枠だけでなく、そこをもっともっと広げて物理的にも精神的にも一所に留まる事なく、移動し続けることで僕自身の世界を広げていければと思っています。
 
 
北村:砂連尾さんの話を聞いて、これまでの活動形態が違うのでスタイルは違うのですが、やっぱりよく似たことを考えているんだなと思いました。  私自身も変わってないですね。何が変わってないかというと、客席に飛び込んで行く、あのギリギリ感。ギリギリでもう死ぬかも知れん、社会的な立場をなくすかも知れんけど飛び込んでいく、あのスリリングな感じはやっぱりすごく好きだし、そこに自分自身が生きているっていう実感をすごく感じるんです。で、それを感じられた時にしか、私のような普通の身体の人間はダンサーみたいなものにはなれない、発揮できないと感じていて。‘立っているだけで綺麗な人’ではないから、そこを追い詰めていく楽しさというかね。それは私がソロをやっている中で感じてきた、独特の世界観かも知れないですけど。 それをとことん追い求めていった結果、今はソロじゃないんですよ、手段としては。ダンスと出会ったことのない人達に、ダンスを広めてあげようという姿勢では全くなくて、「どこに斬り合い出来る相手がいるかー!」って、ずっと辻斬りしてるみたいな感じ。それで出会った人と、おおーって握手したり、うわーって抱き合ったりしているような感じなんです。本当に共演者を探し求めているんですよ。そうやって出会った人たちは、自分にとってすごく大事なパートナーだと思っているし、ダンスをやったことがない人だからここまででいい、じゃなくて、そんなの関係なしに、「この世界、ごっつおもろいねん。来いや!!」って、一緒に板の上に立って、うぉーって酒飲んで「美味い!」みたいな。

それが結果として今、私自身の作品というものを、創り上げてきているのかなあ?という気がするんです。だからこそ、「めっちゃあなたのことを見てるし、本気で付き合うから、その代わり、私ここまでやりたいねん!」みたいなことを、どれだけ真剣に言えるかなということだと思うんですよ。それは障がいがあろうがなかろうが、年齢、経験、関係なく。それが人によって「えー、いややー」とか、「うわ、こわいー」かもしれないですけど、それでもいいから真剣に向かっていった先の、その怖いやらキモいやら、しんどいとか、全部返ってくるものっていうのが、その人との関わり方の入口になる。みんなが私のことを諸手を広げて受け入れてはくれない。それが前提だから、とにかく真剣に向かっていく。その先に、何か面白いダンス、面白い身体が、創られていくのかなあ。WSが終わっても、やり続けてる人達っていうのは、それがただ止められないんだろうなと。

 だからそういう意味では、先生みたいに何かを教えているわけでもないし、みんな一緒だよと言っているわけでもない。ただ一斉にそっちに向かって一緒に走っている感じ。今や、私にとっては、WSの場自体が作品やなっていう感覚がある。だから、パフォーマンスとWSの境目がない、参加者と観ている人の境目も分からないという、そういう世界の創り方に、すごく今は興味があります。その活路として、集団で大きな作品を創りたいっていう向きに変わってきた。それは、自分自身がソロで活動してきた間に、いろんな人たちとの出会いがずっと積み重ねられてきているからなのかな、という気がします。

END

(2010年夏 聞き手:JCDN 佐東)

 
■プロフィール
砂連尾理 Osamu JAREO (振付家・ダンサー)
大学入学と同時にダンスを始める。91年、寺田みさことダンスユニットを結成。近年はソロ活動を展開するほか、障がい者、高齢者、子ども達との作品制作やワークショップを数多く手がける。2008年10月から1年間、文化庁・新進芸術家海外留学制度の研修員としてドイツ・ベルリンに滞在。その間、ベルリンの障がい者カンパニーTheater Thikwaの作品制作に携わる。近年の作品に「にあいこーるのじじょう」、「とつとつダンス」、「saalekashi」等がある。立命館大学、神戸女学院大学非常勤講師

北村成美 Shigemi KITAMURA (振付家・ダンサー)
6才よりバレエを始め、英国ラバンセンターにて学ぶ。「生きる喜びと痛みを謳歌するたくましいダンス」をモットーに、国内外で精力的なソロ活動を展開。2009年、別府のフェスティバル「混浴温泉世界」への参加を機に、「別府レッグウォーマーず」を結成。2010年、「ダンス4オール」出演者と共に「京都フェブラリーズ」を結成。これらご当地ダンスカンパニーの拠点・稽古場として「草津ダンス道場」を開く。

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2014年5月15日
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